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1952~結核病院としてスタート
1952年(昭和27年)11 月、野村病院が三鷹市で開設された。当時、“国民病"といわれた結核の専門病院としての船出であった。創業者は、元軍医で戦後に国立松本病院病院長を務めたこともある野村秋守で、「地域社会に貢献する愛される病院」を病院開設の信条とした。当初は病床数39床、職員12名の小所帯であったが、翌年には外科・手術室を新設、病床数も58床となるなど、地域の中核病院として成長を遂げていった。
- 1952年(昭和27年)
- 結核病院として開設 病床39床、職員数12名
- 1953年(昭和28年)
- 医療法人財団慈生会を設立 外科、手術室を新設 58床
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1960~次々と新機軸を打ち出す
1960年代に入り、野村理事長は次々と新基軸を打ち出した。救急医療、人間ドック、夜間診療(ナイター診療)の開始、医師へのタイムレコーダー採用、入院患者の2食制導入などである。これらは当時、極めてユニークで日本初の試みも多く、新しい病院経営のあり方として注目され、高く評価された。これらと併行して、1962年には結核専門病院から一般病棟への転換に着手し、総合病院を目指して脱皮を図っていった。
- 1960年(昭和35年)
- 救急病院指定 人間ドック開始
- 1962年(昭和37年)
- 結核病棟を一般病棟に転向
- 1963年(昭和38年)
- 夜間診療開始
- 1965年(昭和40年)
- 特定医療法人認可(平成16年4月まで)
日本病院会短期人間ドック指定病院 - 1966年(昭和41年)
- 日本で最初に給食2食制を開始(昭和62年まで)
- 1967年(昭和42年)
- 健診車による集団健診開始
- 1975年(昭和50年)
- 心臓外科手術を実施
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1976~予防医学センター開設、医薬分業を開始
1976年、予防医学センターが開設された。それまでも野村病院では、人間ドックや集団健診の導入など、予防医学に向けた取り組みに力を入れてきた。その集大成が予防医学センターの開設であり、病院に隣接する三愛ビルの1・2階に開設した。これを機に、外来薬局を病院から切り離す医薬分業を実施した。これは全国で初めての試みであり、これによって野村病院は、入院患者のための投薬に専念する体制が整った。
- 1976年(昭和51年)
- 予防医学センターを開設し、独立して健診事業を開始
医薬分業を全国に先駆けて開始
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1983~地域の中核を担う病院へ
1983年、全ての病床を一般病床へ転換し、野村病院は急性期病院として、地域医療を担う医療拠点として本格的な歩みを開始した。翌1984年、創業者で初代理事長の野村秋守が逝去し、二代目理事長に野村幸史が就任した。1985年には本館の大規模な改築工事が行われ、予防医学センターと併せて、健康管理と病気治療を2本柱とする地域の中核病院として認知される存在となった。
- 1984年(昭和59年)
- 初代理事長・病院長死去 2代目理事長・病院長に野村幸史就任
- 1989年(平成元年)
- 診療所医師の執刀による外科手術を実施
- 1993年(平成05年)
- 診療所医師の入院要請に応えて開放型病床の運用を試みる
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1997~野村訪問看護ステーションを開設
1997年2月、野村訪問看護ステーションが開設された。三鷹市医師会所属の医療法人による初の施設であり、これによって、病院での診察・治療にとどまらず、訪問看護師等が住み慣れた自宅での療養生活を支援する体制が整った。2006 年には、野村病院在宅介護支援センターを母体として野村病院地域包括支援センターが開設された。同センターは地域の総合相談窓口として地域社会に欠かせぬものとなっている。
- 1997年(平成09年)
- 野村訪問看護ステーション開設
- 1998年(平成10年)
- 当時最短と考えられる人間ドックを開始(受付〜面談終了まで3時間)
- 1999年(平成11年)
- 総合診療を診療目標として掲げる
- 2000年(平成12年)
- 在宅介護支援センター開設
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2006~総合診療を開始
2006年3月、回復期リハビリテーション病棟が開設された。寝たきりの防止、日常生活活動の向上、家庭復帰を主目的とし、リハビリテーション専門職と関連する職種の協業により、早期の社会復帰を支援する体制が整った。翌2007年には、総合診療外来が開始された。これは、医療の専門化・細分化の弊害に対応し、包括的・全人的医療を目指すもので、専門医療と対になって医療を完結することが可能になった。
- 2006年(平成18年)
- 回復期リハビリテーション病棟開設
三鷹市連雀地域包括支援センター開設 - 2007年(平成19年)
- 総合診療外来開設
- 2009年(平成21年)
- 診療連携外来開設
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2011~緩和ケア病棟を開設
2011年12月、三鷹・武蔵野地域で初となる緩和ケア病棟12床が開設された。開設にあたっては、医療部門、看護部門、事務部門、購買部門はもとより、地域の医療関係者も巻き込んで、文字通り野村病院の総力を挙げたプロジェクトとして展開された。これにより、終末期を迎えたがん患者等に対して、苦しみを和らげるとともに、地域で安心して過ごせる医療を提供する ことが可能となり、地域の人々から大いに歓迎された。
- 2011年(平成23年)
- 緩和ケア病棟開設
- 2012年(平成24年)
- 野村病院3代目 病院長に須藤憲一就任
在宅療養支援病院届出 - 2013年(平成25年)
- 患者図書室「学びサロンのむら」開設
日本歯科大学との協同事業として入院患者における口腔ケア診療開始 - 2016年(平成28年)
- 在宅医療開始
- 2018年(平成30年)
- 野村病院4代目 病院長に吉野秀朗就任
- 2019年(令和元年)
- 医師等のキャリアチェンジを目標に掲げる
- 2023年(令和5年)
- 野村病院5代目 病院長に佐藤 文哉就任
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2024~高齢者の包括医療を拡充
2024年12月、地域包括医療病棟が開設された。この病棟は、持病のある高齢者が一時的に悪化したり、持病以外の感染症への罹患や骨折した際に、地域のかかりつけ医等と連携しながら、短期間の入院治療を行うものである。これまでの歴史を見てもわかる通り、野村病院は変化する医療ニーズに迅速に対応し、常に地域社会に貢献する医療機関としての役割を果たしてきた。その姿勢は、創業以来一貫して変わることはない。