厳しい環境変化に臨んで理事長 野村 幸史
先輩や同僚および関係する皆様の支えによって創立70周年を迎えられましたことに感謝し、心より御礼申し上げます。
野村病院は昭和27年(1953年)に結核病院として開設し、医学・医療の発展や社会的要請の変遷に伴って変化を遂げてきました。当初は専門医療の展開を進めておりましたが、杏林大学医学部附属病院が誕生してからは、専門医療の対概念として登場した総合診療機能を整備する必要性を認識し、その実現を目指してきました。更に連携を前提とした地域完結的医療の推進にも注力しています。始めた活動も数多くありますが、役目を終えたり、また計画通りに進まず終了した活動も少なくありません。実に様々なことに取り組みましたから新しもの好きと思われるかもしれません。しかし、常に社会的要請の有無を判断の拠り所としてきたつもりです。
創設者の野村秋守が病院運営に際して重んじていたことは、国立病院長等の経験を踏まえ、公と私それぞれの良さを取り入れた病院組織を目指すことです。民間病院として意思決定の速さを生かしながら機動性の高さを目指し、医療の公益性は医療機関の公共性が伴ってこそ発揮されるとして、私的病院であっても、公共性を意識した運営に矜持を持って努めておりました。創立理念「医療の前に人あり」に通底する価値観でもあり、私が初代から継承したことがあるとすればこの思想・信条であります。
病院は事業体ですから、企業と同様その存続には相当な出資・投資や人的能力を蓄えることが必要です。特に今日の社会は、人口減少や情報技術の発達等に伴って、行動様式や価値観などさまざまな変化が急速に進行していますから対策は待ったなしです。一方で、その対応はDX化一つ挙げても相当な資金力と人材力を要し、企業と同様にスケールメリットが病院経営を左右する時代になったと思われます。グループ法人の台頭と病院のM&A が日常的になったのもそのためでしょう。
私たちは創立理念「医療の前に人あり」に加えて、共存共栄を法人使命として謳っており、これからも既存の医療機関等との連携を重視した病院医療を展開しますが、前述したように病院存続には相当の出資と人材確保を要します。まず、野村病院単独での存続を目指して最大限の経営力強化に努めますので、職員の皆様には一層のご理解とご協力をお願い致します。更にM&A等に依らない他の医療機関との経営協力も不可避と考え模索する所存です。関係者の皆様にご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。
最後になりますが、記念誌の発刊に際して高松慶太 元予防医学センター所長、佐野広美 元野村病院副院長、瀬下律子 元野村病院看護部長、および家崎芳恵 元野村訪問看護ステーション所長には特別にご寄稿いただきありがとうございました。当時の活動への思いを受け止め、今後に繋げたく思います。森宏理事をはじめとして編集いただいたスタッフの皆さんにも感謝申し上げます。
※『地域と共に歩む野村病院』-創立70周年の先を目指して-からの転載